
2000年 ホノルルマラソン


完走記
2000年9月10日 開催の日航・千歳マラソンでみごとに、このホノルル
マラソンが当たり、自己100回目の記念大会がこのホノルルマラソンとなりました。
【大会前日】
日本出発は大会、前々日の23:30発の飛行機。飛行機の中では、
機内サービスなど、余り寝ないで、現地時間午前9時半(日本時刻の5時半)に到着。
ホテルに到着し、早速、ウェルカムランチとトロピカルジュースをGET!
コースの下見オプションがあったが申し込まず、観光ツアーを。
っと思っていたが、以外に人気らしく当日申し込みが満席。
大会当日昼過ぎの観光ツアーを申し込んだ。
しかたなく、お土産を物色し、ゼッケンを取りに行った後、
ゴール地点近くの和食すし屋の義経で記帳。
完走記念の湯のみ茶碗がもらえるのだ。
ちらし寿司を食べてみた。結構美味しかったけど値段もそれなりに高かった。
こんな湯のみ茶碗が貰えた。
義経からホテルに戻る途中、ABCストアの前でCONAコーヒーの
実演販売をしていた。
試飲をしていたら、販売員の外人のおじさんが話し掛けてきた。
外人販売員「明日、走るの?」
いかくん「明日、走ります。」
外人販売員「私も第2回の時に走ったら、その時は200人だった。」
外人販売員「目標は何時間?」
いかくん「4時間が目標で。。。」
外人販売員「おぉーー、それはすごい。初めてのマラソンですか?」
いかくん「今回で、丁度、100回目の記念なんです。」
外人販売員「それはすごい。」
最後に「最後の坂は緩やかな長い登り坂はハートブレークの坂ですごいんだよ。」
と脅かされた。・・・と、こんな感じの内容をつたない英語で交わしたのでした。
大会数日前から、風邪気味だったのと、寝不足で余計、風邪がひどくなり、
ホテルでダウン。「まぁー。走れば、治る。」っと思っていました。
【大会当日】
大会当日、午前5時スタート(日本時刻、午前0時)。
なんと、日本を出発してから、ほぼ24時間後にスタートしているわけである。
午前3時半、ホテルロビー集合して、スタート地点へ出発。
スタート地点から数mの所で待っていると黄色のユニフォームを発見。
FWELLのすどうさんだった。MyWifeのマッチャンと3人で少しおしゃべり。
右前方に韓国人らしき人たちが20名近く集まって「エイエイオォー!」の
ような掛け声で気合を入れていて、韓国人は団結心があるのだなぁーっと
少々不気味でした。
スターターは佐々木大魔人。初めて見ました。
まだ薄暗い状態でスタート。
花火やライトアップされたオブジェが楽しませてくれました。
しかし、風邪の影響があって、身体が重くって、だるい。
やがて、5キロすぎに修学旅行で来ていた飾磨工業高校生と一緒にラン。
飾磨工業高校は私が7年前に住んでいた寮の向かいにあった高校だったのです。
マッチャンがホテルの近くで応援すると言っていたので、薄暗い中、
ホテルの前を通りすぎ、きょろきょろと見渡すがマッチャンはいない。
外人のおじさんと話していた地点を過ぎ、義経の店辺りで
いきなりフラッシュが。マッチャンが写真を撮ってくれたのです。
ダイアモンドヘッドの丘を越えた辺りでうっすらとした朝日が。
カハラモール近く、13キロ地点からようやく身体が温まってきて、
楽になってきた。そこへ自転車で伴走 or 応援の人が
「Good Job! Good Job!」と言って応援してくれる。それを真似して、
自転車を乗った格好をしながら、「Good Job! Good Job!」と
言いながらパフォーマンスをしたら周りは受けてくれました。(^^ゞ
コースはハイウェイに乗り、延々と続く、まっすぐなコース。
途中、どこかの日本のテレビカメラマンがある選手を撮影しているのを目撃。
その選手の丁度、真後ろについて走ったけど、カメラに映ったかな?
20キロ地点を過ぎた辺りから、トップランナーが折り返してくる。
23キロ地点では、北摂URCのすえさんとすれ違う。
すごいスピード。余裕のサブ3と思いました。
延々と続いたハイウェイコースが左に曲がる頃、ホノルルマラソンのシンボルランナー?
(完走メダルの中に彫られている人)の仮装?をしたランナーと伴走。
靴も履いてなく、素足でのフル参加。
クワパ池を1周。立派なマンション群が立ち並び、バックにはココ火山と
ハワイらしい壮大な風景が。「写るんです。」で撮影しながらのラン。
ゆっくりしたペースで走りました。
途中、年配の女性から私のユニフォームの亀さんマークを見て、同じチームの
ランナーに間違われるパプニングもありました。
ようやく折り返し地点を過ぎ、ぞろぞろとすれ違うランナーの多さにびっくり。
延々と続く、ハイウェイを降りる地点まで行ってもまだ、すれ違うランナーがいました。
参加者は2万6千人。このようなビッグレースの参加は初めてでした。
ハイウェイを降りた頃から、直射日光が厳しくなり、暑くなる。
暑さに弱い私はもうヨレヨレ。風邪ぎみだったのがやがてぶり返し。咳が出てくる。
そして、CONA販売員の外人さんが言っていた最後のハートブレイク
の坂が前方に見えてきた。
その前の給水ポイントでコップの水を頭から2,3杯かける。
給水所のボランティアの方が、「Oh!! Great!!」と。
リキを入れて、最後のハートブレイクの坂を一気に。
完璧な牛蒡抜き状態で快適に坂を克服。ダイアモンド・ヘッドの丘の上に
上がると、壮大な太平洋が見え、優雅な気持ちに。
後は下り坂だったので、気持ち的にも余裕が出来てきたのでしょうか?
最後の力を振り絞り、最後のバックストレートへ。
結果、3時間56分9秒でゴール。
ツアーのエイドでゆっくりして、各ブースを見学。
いろいろ見ている内に、3年ぶりのラン友と会う。
兵庫県北部の浜坂・香住などで仲良くなったラン友。
直近では、3年前の北海道マラソンで会って以来のラン友です。
その方も最近結婚され、奥さんが毎年ホノルルマラソンに参加していたので、
今回は二人で来たそうです。
一時、別行動後、そのラン友にFreeでおねぇちゃんと写真が撮れる
コーナーを教えてもらい、そこで待ち合わせ。
そのラン友がなかなか来ない。時間を持て余したので、別のおねぇちゃんと写真を。(笑)
レース後、マッチャンとは人数も多いし「最悪会えなかったらホテルで。」と言っていた。
ラン友も来ないし、マッチャンも待っているし、しびれを切らし、先にゴール地点近くの義経へ。
その手前の信号で手を振っているマッチャンを発見!!偶然にも会えた。 (^○^)V
義経で完走記念の湯のみ茶碗をGETし、おねぇちゃん写真コーナーに戻る。
またもや、時間を持て余し、マッチャンが来たから、もう一枚おねぇちゃんと写真を。
ラン友は延々待っても来る気配はないので、あきらめて、とぼとぼホテルへ。
少しホテルでゆっくりした後、観光ツアーのバスに乗って、走り終わった人達が
ホテルへぞろぞろと帰って行くのを見ていると、その中に先ほどの
ラン友が奥さんと一緒に帰って行くのを発見。
その奥さんは目標のサブ6ができたでしょうか?
観光バスがゴール地点近くを通ったので、ゴールゲートの写真を
高い位置から撮影できました。
しかし、バスはマラソンコースより海側の方を通っており、このまま行けば、
コースをぶち当たる。高架等でクロスできる筈はないのに。。。
「???状態」でした。案の定、バスはUターンをして、マラソンコースより、
陸側を抜けていきました。バスガイドは「ランナーのことをすごい。」と
言ってほめまくり。「ここに完走ランナーが乗っているよ。」などと
言えないいかくんは静かに景色を見ていたのでした。(笑)
先ほど走った延々と続くハイウェイ、バスで行く途中、
走っていたときのことを思い出しながら車窓から見ていた。案外、早く通り過ぎてしまった。
観光から帰った後は、翌日の観光予約。
オプショナルツアーとJCBは共に「シーライフパーク」の観光オプションが
あった。JCBの方が18ドル(2000円近く)も安い。
もちろん、JCBの方で申し込み。JCBプラザでジュースも飲み放題。
【大会翌日】
ホノルルマラソンの完走Tシャツを着て、小さな観光バスに乗って、
「シーライフパーク」へ。
やはり安いJCBツアーだったせいか、バスのガイドは英語オンリー。
「シーライフパーク」内でのガイドは早見優似の日本語のうまいガイドさんだった。
ホノルルマラソン後は、完走Tシャツを着ているだけで、モテモテ。
特に、タイムを聞かれて、「4時間切り」を伝えると、
ガイドさん「私が知っている人の中で一番速かったのは
4時間20分でしたよ。おぉー、すごい!」
同じイルカ調教師のみんな伝えるほどの大モテぶりでした。
いかくん「これでも悪いタイムなんですけど。。。」 でもかなりの優越感。
帰りのバスに乗り、先ほどの英語オンリーのガイドさんに
つたない英語で「カハラモールで途中下車したい。」と伝え、
降りるときにチップを渡すと、思わぬチップだったのか、すごい喜んでくれた。
「カハラモール」では以前から食べたかった「シナボン」の「シナモンロール」を
GET。おいしかった。フレッシュジュース屋?さんでは、フルーツをガンガンミキサーに
入れて指定した果物でミックスジュースを作っていた。これもおいしかった。
観光から戻って、今度はホノルルマラソンの完走賞をもらいに会場へ。
完走賞をもらった後、ワイキキビーチで水遊び。
(海パンを持ってこなかったので泳げなかった。)
岸の方を見ると、おじさんがマッチャンに声をかけられていた。
マッチャンに預けていた完走Tシャツを見て、
おじさん「マラソン、走ったのかい?」
マッチャン「いいえ。これはあそこの人が。。。」
おじさん「何分だったんだい?」
マッチャン「3時間・・・」っと言ったところで、おじさんの顔が変わった。
おじさん「おぉー、それはすごい。4時間を切れないとマラソンじゃないよなぁー。」
「さっきもマラソンを走った人に聞いたら、8時間もかかった人が
いて、説教を言ってやったんだ。そんなのマラソンじゃない。」
どうやら嫌味を言ってうっぷんをはらして楽しんでいるおじさんのようだった。
いかくんは、おじさんと話をしているマッチャンが気になって、
マッチャンの元へ。しばし、3人での会話になった。
4時間以内で走ったという話をもう一度した後
おじさん「それなら彼を充分、愛してあげなさい。」とマッチャンに向かって。
「あなたも愛しもらえる資格がある。充分、愛してもらいなさい。」と私に。
嫌味おじさんは嫌味が言えないとわかると、一転して誉め殺しおじさんに変身したのでした。
マッチャンの持っていたカメラを見つけたおじさんは・・・、
おじさん「はい、写真を撮ってあげるから。。」
おじさんのマイペースさに、びっくり。
ホテルに戻り、最後のお土産をげっとし、
風邪も治らず記録もよくはなかったけど、優越感に浸れた楽しい大会でした。
こうして自己100回目大会参加で初海外大会のホノルルの旅は終わりました。
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